家の中でしか話せない生徒

今回は、私(Kumiko)がかつて担任をした場面緘黙の生徒の話をしたいと思います。私は、彼が高校1年の時の担任でした。彼は、家の外では一切話をすることができません。家の中だけ、家族とだけしか話せません。ですので、私は一度も彼の声を聞いたことがありません。吉本が大好きで、家の中ではテレビを見て大笑いしているとか。その話を聞いて、私たち教員はみな「へぇ〜、彼がね〜。」と言っていました。幼稚園の頃から、こういう状態が続いているということでした。
彼のお父さんは、学校の先生をしていると伺いました。お母さんは、専業主婦のようなのですが、三者面談や保護者会などには、必ずお父さんが仕事を休んで来られていました。宿題の手伝いをするのも、お父さんの役だったみたいです。教育熱心な方だったのでしょう。


表面は冷静に、。でも、心の中は…

入学した当初は、絶えず下を向いて、体が硬直していました。人と目を合わせることができません。話を聞いているのか、どの程度理解できているのか、何の手がかりも得られませんでした。でも、とりあえず、毎日話しかけ続けました。
数学の授業が始まり、板書をしても、それをノートに書き写すことができませんでした。私(Kumiko)が生徒たちに練習問題をするよう指示をし、教室を巡回し始めると、ゆっくりとカバンの中から、ノートと鉛筆を取り出し始めました。私が前で生徒たちに向かって話している間は、緊張が強すぎて動けなかったようです。でも、やっぱり時間がかかりすぎて、ちょっとしか書き写すことができませんでした。
私の生徒は彼一人ではない。他の生徒を犠牲にするわけにはいかない。どうやってこれから彼に教えていけばいいのだろう?彼がこれから社会で生きていくために、私は何を教えてあげればいいのだろう?手探りの状態が続きました。


ゆっくりとした歩みですが、進歩が見え始めました!

1か月を過ぎた頃から、徐々に顔を上げることができるようになってきました。そして、2か月が過ぎた頃から、私(Kumiko)が前に立っていてもノートが取れるようになりました。彼にとっては、大きな進歩です!でもまだ、私が近付くとノートを隠してしまいました。授業中に自分で問題を解くこともできません。
何とか、直接彼とコミュニケーションを取ろうと試みました。質問事項を私が紙に書いて、彼に家でその返答を書いてきてもらおうと試みましたが、うまくいきませんでした。初めての三者面談では、彼の代わりにすべてお父さんが答えてしまいました。私は、彼に「YES-NO」で答えられる簡単な質問をすることにしました。YESなら「1」、NOなら「2」を指で示してくれるよう彼に頼みました。時間はかかりましたが、彼は自分の意思を指で示してくれました。少しずつ、意思疎通が図れるようになりました。二学期には、私の顔を見て授業を聞けるようになりました。私がそばに近寄っても、ノートを隠さなくなりました。授業中に問題が解けるようになり、彼がどこまで理解でき、どこで躓いているのかが分かり、教えることができるようになりました。


コミュニケーションの工夫

三学期には、分からないところを指でさして教えてくれるようになりました。少し複雑な質問にも答えられるようになりました。私(Kumiko)が回答の選択肢を用意し、選択肢の番号を彼に指で示してもらいました。例えば、こんな具合です。

 

「高校卒業後の進路はどう考えていますか?」
1→大学に行きたい。
2→専門学校に行きたい。
3→就職したい。
4→それ以外にやりたいことが決まっている。
5→まだ決めていない。

 

もし、答えが「1」なら、
「行きたい学部は文系ですか?理系ですか?」
1→文系
2→理系
3→行きたい学部が、文系か理系かわからない
4→学部はまだ決まっていない

 

この1年で、彼はとても大きく成長しました。そして、私は「コミュニケーション」ということについて、深く考えさせられました。